長野幸浩の日記『We Believe』

思いついたことを気楽に

働きやすい会社を選ぶ

 テレビのニュースから流れてきた言葉に少々違和感を感じた。

 来年度の就職の企業合同説明会が開催されたというニュースだ。どの様な企業を来年卒業する若者が選ぶのだろう。

 耳を傾けた。『有給休暇が取りやすく、残業が少なく、給与が高い・・・』働きやすい会社を選定しているとの事。分からないでもないなと思った。

 もし、社会経験のない自分がもう一度企業の選定基準を考えるならそのように答えるかもしれない。

 しかし、忘れてはいけない事はその反面で一方では、という社会人としての厳しい側面が待ち構えているという事だ。

 入社する時は学生諸君が様々な条件を下に企業を評価し選定するが、一歩企業に入れば、会社から評価され、お客様から選定されるのである。

 立場が瞬時にして逆になる事を理解できずにそのまま社会に出れば大きな勘違いをすることになる。入口はそれで良いだろう。

 働きやすい会社もそうだが、やりがいのある会社が選定基準となって欲しいものだ。

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少々おせっかいなくらいがいい

 私たちは会社の目的達成の為に集っている。確かに会社の門を叩いたほとんどの人たちが最初から会社の目的達成のために集ったのではないだろう。

 消防車をつくってみたい、設計に携わってみたい、たまたま人を募集してたから、など入口の理由は様々だろう。しかし、どの様な理由があるにせよ弊社の一員として仕事をする事は、会社の目的の実現の為にあると言える。

 仕事一つひとつを見れば多岐にわたるが、全ての仕事には意味があり必要である事はご承知の通りだ。何一つ欠けても組織が効率的に動く事は難しい。

 それぞれの部署でそれぞれに与えられた責任を全うする事は最低条件だがそれだけをやっていれば良いのではない。組織で気を付けなくてはならないのはセクショナリズムに陥る事だ。

 そんな時は例外なくこんな言葉が飛び交う。『それは私(自分の部署)の仕事ではない、担当は私ではないので分からない・・』

 仕事の担当とは主たる担当を示し、それ以外をやらなくても良いという訳ではないのだ。『私の仕事ではない』ではなく会社の仕事だという事を理解しなくてはならない。

 野球で言えば『それはファーストの打球だ、セカンドの打球だ』とい合っている様なもので、そんな時は例外なくお見合いをして打球を落とす事になる。

 

 小さな事でも報告し情報を共有しよう。他のメンバーの仕事を気に留めお互いに声をかけよう。指示はシンプルに明確にし、必ず結果の報告を受けよう。個人で成し遂げる事が出来ない事を成し遂げる為のチームであり、企業なのである。<a href="http://management.blogmura.com/syacho_owner/"><img src="http://management.blogmura.com/syacho_owner/img/syacho_owner88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ オーナー社長へ" /></a><A HREF="http://blog.with2.net/link.php?563747">

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それってつくれるの?

 『それってどうやってつくるんだ!』
 何時になく、強い口調で話しているのは現場で叩きあがりの古参の社員だ。彼は高校を卒業し直ぐに弊社の門を叩いた。
 現場で消防車両の製造の一から十までを学んだ。当時はポンプユニットそのものを弊社の鋳物工場で鋳造していた。それを知る最後の社員だ。
 現在分業化された中で、現場を知らない技術者も増えてきた事も事実だ。図面はある意味で絵に描いた餅だ。それが実現可能なのかは、どうつくるか、どう組み立てるかを知る必要がある。
 そのような状況の中で彼のサゼッションには若手の技術者にとって重要なヒントが詰まっている。最初は何を言われているのかすら分からなかったようだ。頭の中でイメージを膨らませ、手順を確認する事で彼が言っている事を租借し理解したようだ。
 『現場・現物・現実』
 コンピューターシュミレーションの精度がいかに向上しようとも、最後は現場で、現物を確認し、現実を知る事が私たちが目指すものづくりに繋がる。
 私たちは、消防車づくりを通じて、消防職員をサポートし社会に貢献するものづくり企業である。
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予知能力

 仕事が計画通りに進まなくなると、隠れたハザードが顔を出し始める。マネージャーに求められるのはそれを察知する能力だ。
 それは感や予知能力の様なもので、先を読む力とは別の力だ。インスピレーションとでも言えばよいだろうか。『おかしいな・・・と感じる力』と言った方が分かりやすいだろうか。
 その力は現場に精通する事で磨かれる。そこには誰にも負けない強い責任感も必要だ。
 そして、仕事全体を見渡す大局感と『おかしいな・・・と感じる』為のインターフェイスであるコミュニケーション力が何よりも必要になる。
 責任感、大局感、コミュニケーション力の三つが予知能力を磨く要素なのではないかと思っている。
 組織は生き物だ。昨日まで問題がないから今日も問題が無いとは限らない。常に変化をしている。だからこそ予知能力をフルに働かせ、問題の種を種のうちに摘んで欲しいのだ。
 現場はマネージメント力を磨く宝の山なのである。
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命を懸ける人たちのために

 私たちは誰のために消防車両をつくるのか。
 最終的には市民の安心安全の為に、消防車づくりの角度から消防職員、分団員をサポートするのが私たちの使命だ。
 私たちのものづくりに『まあ、これでいいか』という言葉があってはならない。ひとつの妥協は全ての妥協に繋がるからだ。
 よりシンプルに、より使いやすく、そして信頼性の高いものづくりが全てだ。一分一秒を無駄にすることなく現場で命を懸ける消防士の皆さんの安全を守る事が出来るように、使い手の立場に立ったものづくりを目指そう。
 彼らの殉職の報に接するたびに胸を締め付けられる気持ちになるのは私だけではあるまい。今回、秋田県能代市で消火活動中に犠牲になられた二人の消防士に心から哀悼の意を表し、ご冥福を祈りたい。
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単純であることは究極の洗練

 レオナルド・ダ・ヴィンチは『単純であることは究極の洗練だ』と言い、『何も取り去るものが無くなった時が最高のデザインだ』と言ったのはパタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードだ。
 そしてアントワーヌ・ド・サン・テグジュペリは『完璧とは、付け加えるべきものがないということではなく、取り去るべきものがないということだ』と言った。
 全てに共通している事はシンプルである、という事だ。シンプルとは誤魔化しがきかない。だからこそ難しい。
 私たちの製造する消防車両はシンプルだろうか。それはデザインや構造だけではなく、操作もそうだ。シンプルとは必要なものがあるべき所にある状態だ。
 また、組織も肥大化すると複雑になる。
 複雑には不合理や非効率が見え隠れするのだ。何故それを行うのだろう。私たちの存在意義は、お客様から何を期待されているのだろう。
 単純である事は究極の洗練なのである。
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登り手と支え手


 過去にも書いたことがあるが、加賀鳶の代名詞とも言われる梯子登りは、明治二年、江戸から三十八名の加賀鳶が金沢に召し寄せられ、その間金沢の町火消しに梯子登りの技が伝承された。
 登り手ばかりに目が行くが、実は梯子を鳶口で支える、支え手が微妙に梯子の傾きをコントロールしている事を知っている人は少ない。
 梯子の上で技を披露している演技者の動きを良く見て、梯子の傾きを前後左右に調節いているのだ。
 当然、支え手の息がぴったり合っていなければ梯子を前後左右に微調整する事すらできない。梯子登りは演技者が皆さんの目に留まるが、実は支え手あっての登り手なのだと言われたことを梯子登りを見るごとに思い出す。
 企業でも見えないところに実は大切な部分があり、それがしっかりしてはじめて企業活動が円滑に行える事と似ている。華麗な演技は実は、あまり目に付かない支え手により支えられ、その技がさらに引き立つのである。
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