長野幸浩の日記『We Believe』

思いついたことを気楽に

会社は何の為に存在するか

 『会社は誰のものか』、という会社所有論を議論する前に、議論の質は異なるが『会社は何の為にあるか』を深く理解する必要がある。
 これは一般的に会社創業の理念に表されている。創業の理念は不変であり、その企業の目的を明確に示している。それを実現する為に会社は存在していると言っても間違いではないだろう。
 会社は大きく見れはひとつのコミュニティであり、そこで仕事をし、子どもを育て、仲間と人生を分かち合い、自らが成長していく場でもある。
 そういう意味では目的を達成するプロセスの中で私たちは人として成長していく。会社からの対価は給与だけではなく、仕事を通じて得られたスキルや人間としての成長も対価だと私は思う。
 そして、努力した事によって、さらに与えられるチャンスも対価のひとつである。数字だけでは表す事ができないものの方が実は対価としてはとても大きく、それは自らの中にあり無くならないものなのだ。
 ひとつの目的を持って存在する会社が多くの人たちに与える機会は人間を成長させ、間接的かもしれないが人間の成長を通じて社会に貢献する事が出来るのである。
 私たちは人間だ。完璧な人間はいない。だから失敗もし、愚痴もこぼし、人を妬む事もあるだろう。でもそれは私たちが人間である証拠だ。大切な事はそうなったときに自らを見つめ直し前を向いて再度、足を前に出す事だと思うのである。『会社は何の為に存在するか』目に見える理念の裏に目に見えにくい大きな存在価値があるのである。
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