長野幸浩の日記『We Believe』

思いついたことを気楽に

最後の卒業生


 竜動会は、私が四十歳まで所属した金沢青年会議所2000年度新入会員の会の名前である。ネーミングは私がおこなった。
 竜は辰年から、動は当時、理事長だった石動理事長の動を頂いた。2000年の節目の年に、石動理事長から会員拡大委員長の大役を仰せつかった。相棒は、担当理事に、にしき堂の西木土専務、副委員長は金港堂の宮谷社長、そして北村理春君だった。
 当時、会員拡大委員会は花形委員会と言われ、所属年数の長いベテランが委員長を務めるのが慣わしだった。
 それを、無謀にも(すみません・・)石動理事長は入会四年目の私にそのチャンスをくださった。拡大の目標は50名だった。多分、当時は私の様な若手に拡大委員長を指名する事に対する賛否は理事会の中でもあったに違いない。
 それを、承知していたからこそ、やりきらねばならない、という思いで毎日会員拡大に奔走したのを鮮明に覚えている。西木戸担当理事と両副委員長には本当にお世話になった。
 そして、当時入会したメンバーから、二人の理事長と専務理事、多くの正副役員を輩出し、金沢青年会議所を担って来たのである。彼らの活躍を本当に誇りに思う。
 青年会議所は、どんなに力があろうと、四十歳で卒業となる。昨日、竜動会最後のメンバーが四十歳を向かえ青年会議所を卒業する事になった。翻れば委員長拝命から十四年の月日が過ぎ去っていた。
 昨日の、卒業生を送る会が終わり、ようやく肩の荷が下りた気がした。これも全て、チャンスを頂いた石動理事長と、私を支えてくださった委員会メンバーのお陰である。皆さん本当にありがとう。心から感謝を申し上げたい。
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